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佐村河内守 高橋大輔 [オリンピック]

聴力を失った作曲家でフィギュアスケート代表高橋大輔さんが
ソチ冬季オリンピックのショートプログラムで使用する曲が
現代のベートーベン」ともいわれているの佐村河内守さんの
曲なんですが、その佐村河内守さんが作っているはずの曲が
別人が作っていたんです!!!
詳しくお伝えします。



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佐村河内守(さむらごうち・まもる)さんとは
こんな方↓

1まもる.jpg


1963年(昭38)9月21日
広島市生まれ

音楽家って雰囲気ですよね。
しかし楽曲がゴーストライターだったとは
かなりショックです。


テレビでドキュメンタリーを
見た方は感動した方も多いのでは・・・
テレビ出演もかなりしています↓


1てれび出演.jpg


佐村河内守さんは
広島で生まれ4歳のころから
ピアノをはじめました。


5歳ではすでに作曲をしていたそうです。


独学で音楽を勉強していたが
17歳の時、原因不明の片頭痛や聴覚障害を発症してしまう。


しかし障害という世間の偏見、同情などされたくなく
聴力の低下を隠し音楽制作を続けていました。


そのかいあって
97年公開の映画秋桜」のサウンドトラック
98年発売のゲームバイオハザード」のBGM
99年、ゲーム「鬼武者」の「交響組曲RISING-SUN」という楽曲

と多く手掛けました。


しかしこのころには佐村河内守さんの
聴力を完全に失っていたそうです。


2003年には、「交響曲第1番〈〈HIROSHIMA〉〉」が完成し
有名となったが
今回の話だとこのころから別人が作曲していたそうです。


1ひろしま.jpg


佐村河内守さんは
別人にイメージなどを伝え、曲にしてもらっていたそうですが
実際、作曲した人物も
なんだかの理由で表に出てこれない人物のようで
佐村河内守さんが
単独の作曲者と表記するようになったようですが・・・


表にでれないって・・・
一体誰なんでしょうか?


そして
高橋大輔さんが
ソチ冬季オリンピックのショートプログラムで使用する曲
ヴァイオリンのためのソナチネ」も別人の作曲だったそうです。


1だいすけ.png


オリンピック開幕まで
あと数日・・・・
今更、曲は変えないとは思いますが
高橋大輔さんに影響がでないといいですね。

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水野正人 オリンピック スピーチ [オリンピック]


2020年オリンピック
最終プレゼンテーションでの
水野正人さんのスピーチ
絶賛されいます!!


水野正人さんとは?
どんなオリンピックスピーチだったかなど
詳しくお伝えします!!


水野正人さんの
オリンピックスピーチ
聞いた人は

1水野正人.jpg

「こんな日本人がいたのかと
思いうれしかった!」
「ずっと笑顔ですごくよかった!」


などなど絶賛!!
たしかに・・・
あの大きなジェスチャー
笑顔でのスピーチ
日本人離れしている感じでした!!


そんな水野正人さんとは?

スポーツメーカーミズノ
ミズノ代表取締役会長だった人です!!


1970年にミズノに入社し
1988年にミズノの社長になり
1996年にミズノと並行で
国際オリンピックスポーツと環境委員会委員
就任しオリンピックとかかわってきました!


2011年ミズノ代表取締役会長退任後
東京2020オリンピック・パラリンピック
招致委員会事務総長就任
後に、副理事長兼専務理事
役職変更しました!


水野正人さんは
ロビー活動も盛んに参加したようです!!

ipadを使って
競技場は
「8万人入りますよ!」
「こんなロケーションなんです!」

などと動画で見せたそうです!


水野正人さんは
「ワオ」って言ってもらえるように
頑張りました
と笑顔でいっていました!!


そんな水野正人さんの
絶賛スピーチの内容は
後半でお伝えします!(続きあり)



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(続き)
水野正人さんの
スピーチの内容はこちら↓


「皆様
3つの強さは、
1つの言葉で表されます。
すなわち、「機会」です。


2020年東京大会は、
広大で若いアジア大陸への
玄関口となります。


40億人以上の人々が暮らし...
その中には
10億人以上の若者が含まれます。
事実、
この円の外よりも円の中に、
より多くの若者が
住んでいることが分かります。


東京は、
この重要な市場で
皆様のスポーツが成長できる7年間を提供します。


2020年東京大会では
ゴールデンタイムに
テレビの生中継を見る視聴者の規模は、
史上最大となります。


最大の地元の観戦チケット市場と..
.商業面での最大限の
成功がもたらされます。


我々の招致は
すでに21の企業スポンサーを得ています...
また、
JOCは記録的なレベルでの
スポンサーシップを獲得しています。


日本の経済界が
大会を支援し...


そして、IOCが確実に、
世界中にオリンピズムを
推進するという独自の大変重要な
プログラムに集中できるようにします。


我々の
先駆的な計画は、
大都市の中心で
大会を開催する
モデルを提供します。


その出発点は、
2016年大会招致の
強固な計画でした。


IOC、アスリート、
IF、NOCのアドバイスを得て、
その計画をさらに改善してきました。
3つの例をご紹介しましょう。


一つ目は、
選手村です。
より良いロケーションになり、
面積も増えました。
そして、
全アスリートにベッドを提供します。


二つ目は、
新しいオリンピックスタジアム。
重要な新しい
ランドマークとなるでしょう。
そして、
そこではアスリート全員が
開会式を座席で楽しむことができます。


そして三つ目は、
さらにコンパクトな
会場計画です。
フランス語で締めくくりたいと思います。


[フランス語で]

私はこれまでに
何度もこのことを申し上げてきましたが、
フランス語で述べるのは初めてです。
私達はよい部分を
そのまま残し、
さらなる改善を行ってきました。


最後に、
これまでの20年間に
培ってきた友情に大きな感動をおぼえるとともに、
心から感謝いたします。
本日、
その固い友情の名のもとに、
皆様から
信頼していただけることを願っています。」



という内容でした!!
水野正人さんは
米国に留学した経験から
英語は得意ですが・・
フランス語は
かなり特訓したそうです!!

本当に素敵なスピーチお疲れ様でした!!

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佐藤真海 スピーチ全文 【動画あり】 [オリンピック]


オリンピック最終プレゼンター
佐藤真海さんの
スピーチ全文動画
ご紹介します!!


オリンピックが2020年、
東京に決定しましたねっ!!
この決定には
1人の女性の力が
大きな役割をはたしました!!


陸上の走り幅跳び
2004年アテネ大会、
2008年北京大会、
2012年ロンドン大会と
3大会でパラリンピックに出場している
義足のロングジャンパー
佐藤真海さん!!

2佐藤真海.jpg


スピーチを聞いて
本当にグッときました!!


佐藤真海さんは
早稲田大学に入学し
チアリーディング部に入部しました!


大学2年の時に
右足首を突然の痛みが襲いました!
診察結果は
小児がん一種である
「骨肉腫」でした!


命を守るため
足の切断を決意したそうです!


絶望の中
佐藤真海さんを救ったのは
スポーツだったそうです!


また佐藤真海さんは
東日本大震災を襲った
気仙沼市出身!!
家族は無事でしたが
故郷は大変なことになってしまいました!


そんな佐藤真海さんの
スピーチ全文動画は後半でお伝えします!(続きあり)



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(続き)
佐藤真海さんのスピーチはこちら↓
1佐藤真海.jpg
(以下引用)

会長、そしてIOC委員の皆様。
佐藤真海です。


私がここにいるのは、
スポーツによって救われたからです。
スポーツは私に人生で大切な価値を教えてくれました。


それは、2020年東京大会が
世界に広めようと決意している価値です。
本日は、
そのグローバルなビジョンについて
ご説明いたします。 


19歳のときに
私の人生は一変しました。
私は陸上選手で、
水泳もしていました。
また、チアリーダーでもありました。


そして、初めて足首に痛みを感じてから、
たった数週間のうちに
骨肉種により
足を失ってしまいました。
もちろん、それは過酷なことで、
絶望の淵に沈みました。


でもそれは大学に戻り、
陸上に取り組むまでのことでした。
私は目標を決め、
それを越えることに
喜びを感じ、
新しい自信が生まれました。

 
そして何より、
私にとって大切なのは、
私が持っているものであって
私が失ったものではないということを学びました。


私はアテネと
北京のパラリンピック大会に出場しました。


スポーツの力に
感動させられた私は、
恵まれていると感じました。
2012年ロンドン大会も
楽しみにしていました!


しかし、
2011年3月11日、
津波
私の故郷の町を襲いました。


6日もの間、
私は自分の家族が
まだ無事でいるかどうかわかりませんでした。
そして家族を見つけ出したとき、
自分の個人的な幸せなど、
国民の深い悲しみとは
比べものにもなりませんでした。


私はいろいろな
学校からメッセージ
集めて故郷に持ち帰り、
私自身の経験を
人々に話しました。


食糧も持って行きました。
ほかのアスリートたちも同じことをしました。
私達は一緒になって
スポーツ活動を準備して、
自信を取り戻すお手伝いをしました。


そのとき初めて、
私はスポーツの
真の力を目の当たりにしたのです。


新たな夢と笑顔を育む力。
希望をもたらす力。
人々を結びつける力。


200人を超えるアスリートたちが、
日本そして世界から、
被災地におよそ1000回
足を運びながら、
5万人以上の子どもたちを
インスパイアしています。


私達が目にしたものは、
かつて日本では見られなかった
オリンピック
価値が及ぼす力です。


そして、
日本が目の当たりにしたのは、
これらの貴重な価値、卓越、友情、尊敬が、
言葉以上の大きな力をもつということです。


という内容でした!
本当に心に響くスピーチでした!
そしてかわいい~と評判です!!


そんなスピーチをしている
佐藤真海さんの動画です↓
是非ご覧ください!


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